全日本特別支援教育研究連盟機関誌「特別支援教育研究」2019年3月号2-7頁掲載 「障がいのある人たちの生涯学習の推進と課題」                     全日本特別支援教育研究連盟理事長                     東京学芸大学名誉教授 松矢勝宏 はじめに  私たちは、障害のある子どもたちが、学校卒業後の主体的で豊かな地域生活ができるように、そのような生きる力を育成する特別支援教育に取り組んでいる。学校卒業後に、企業等における働く生活や福祉事業所における有意義な日中活動を通して、自己の役割を果たしつつ、自分らしさを発揮して地域社会で主体的に生きていくことができるように、また本人が希望すれば親から自立し、グループホームや地域の住まいで暮らすことができるように、(またそのような生活が保障される支援を利用できるように)、さらには成人期以降のライフステージにおいて遭遇する様々な人生に関する課題(よりよい生き方)について必要な学習ができるように(生涯学習支援)、それらの必要な社会的環境が整っていくように努力しながら、特別支援教育の推進を図りたい。子どもたちがいろいろな集団や社会的な関係の中で自己の役割を果たし、共生社会の一員として自分らしい生き方ができるように支援すること、つまりキャリア教育や生涯学習支援の観点から子どもたちの主体的な社会参加を展望しつつ実践研究を進めたい。そのような立場から、今回の文部科学省における有識者会議の開催と生涯学習に関する施策の展開に期待している。 1. 生涯学習とは  生涯学習をどのように捉えるか(注1)。また障害のある人々の生涯学習をどのように進 めるか。人生のライフステージを通して、人間の社会的、組織的な学習過程を想定すれば、生涯学習には義務教育や学校教育が含まれるが、一般的には、児童期においては学校外教育(以下、子供会活動等の地域活動やスポーツ教室や文化芸術活動等の余暇活動等)、そして学校教育終了後の青年期教育や成人教育を意味する。第2次世界大戦後においては、1949年制定の社会教育法による施策と教育がある。1990年の生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律(以下、生涯学習振興法という。)の制定以後は、社会教育に代わって生涯学習の用語が普及してきた背景がある。佐藤一子氏は、学習者の自発性や自主的な選択に力点を置いて生涯学習の可能性に注目することは重要でるが、生涯学習の公的保障を拡大するために、地域の社会教育関係施設や大学及び学校の生涯学習事業への拡充・整備の方策等に目を向け、その課題を明らかにすることは、個々の学習者の自発性や選択をより確かなものにするために必要であるとしているが、この指摘は重要である。  生涯学習は、障害者の権利に関する条約(以下、障害者権利条約という。)第24条(教育条項)でインクルーシブ教育の確保と併せて規定されている。国連総会における障害者権利条約の採択以後、我が国の法律には条約の理念を反映してきているが、2013年の改正障害者基本法では生涯学習の規定を欠いたままである。2006年の改正教育基本法において第3条の生涯学習の理念、第4条の教育の機会均等の第2項「国及び地方公共団体は障害のある者が、その状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない」が新設されてはいるが、一般的な理念規定であることは論を待たない。 2. わが国における障害者の生涯学習支援施策のスタート  本誌の解説(宮崎論文)で触れられているが、文部科学省による有識者会議立ち上げのきっかけになる2017(平成29)年4月の松野文部科学大臣メッセージ「特別支援教育の生涯学習化に向けて」は重要であるが、大臣の意図を反映した前年12月の特別支援総合プロジェクトタスクフォースによる「文部科学省が所管する分野における障害者施策の意識改革と抜本的拡充」は施策実現に向けた宣言的な文書といえる。ここでは「(中略)学びは、すべての人々にとって、学校を卒業した後も、あらゆるライフステージでの夢や希望を支える役割を担っているものであり、従来の学校教育政策を中心とする障害者政策から一歩進めて、障害者の生涯にわたる学習を通じた生き甲斐づくり、地域との繋がりづくりを推進し、『障害者の自己実現を目指す生涯学習政策』を総合的に展開していかなければならない。」としている。この文書の関連資料として「今後の障害者施策」の構想を示している(図1)。この図で注意したい点は「自立の程度」で活動の範囲の大きさを矢印で示しているが、障害者本人の立場からすれば範囲は同等としなければならない点を除けば、きわめて大胆な提案といえよう。有識者会議はこの図の「生涯学習を通じた生き甲斐づくり、地域との繋がりづくりの推進」の在り方をテーマにして審議を進めているのである。  有識者会議のスタートに先立ち内閣府の障害者施策委員会よる障害者権利条約の理念を反映した第4次基本計画が2018年3月に公示されたことが障害者の生涯学習支援施策の実現にとって重要である。基本計画の第9項「教育の振興」では障害者基本法の教育条項を補完する形で施策の方向を次のように示している。 第4次障害者基本計画第9項「教育の振興」の基本的な考え方   障害の有無によって分け隔てられることなく、国民が相互に人格と個性を尊重し合う共生社会の実現に向け、可能なかぎり共に教育を受けることができる仕組みの整備を進めるとともに、いわゆる「社会モデル」を踏まえつつ、障害に対する理解を深めるための取組を推進する。   また高等教育における障害学生にたいする支援を推進するため、合理的配慮の提供等の一層の充実を図るともに、障害学生に対する適切な支援を行うことができるよう環境の整備に努める。   さらに、障害者が学校卒業後も含めたその一生を通じて、自らの可能性を追求できる環境を整え、地域の一員として豊かな人生を送ることができるよう、生涯を通じて教育やスポーツ、文化等の様々な機会に親しむための関係施策を横断的かつ総合的に推進するとともに、共生社会の実現を目指す。(下線は筆者) 3.多様な生涯学習活動とは  第4次障害者基本計画の「教育の振興」の具体策の第5項「生涯を通じた多様な学習活動の推進」として次の方針を掲げている。 〇学校卒業後の障害者が社会で自立して生きるために必要となる力を生涯にわたり維持・開発・伸長するため、効果的な学習や支援の在り方等に関する研究や成果普及等を行い、障害者の各ライフステージにおける学びを支援する。このことを通じ、障害者の地域や社会への参加を促進し、共生社会の実現につなげる。【9-(4)-1】 〇地域と学校の連携・協働の下、地域全体で子供たちの成長を支え、地域を創生する「地域学校協働活動」を、特別支援学校等を含めて全国的に推進し、障害のある子供たちの放課後や土曜日等の学習・体験プログラムの充実や、企業等の外部人材の活用を促進する。【9-(4)-2】 〇放送大学において、テレビ授業への字幕の付与や点字試験問題の作成など、障害のある学生への学習支援を一層充実する。【9-(4)-3】 〇公共図書館、学校図書館における障害者の読書環境の整備を促進する。【9-(4)-4】 〇障害者が生涯にわたり教育、スポーツ、文化などの様々な機会を親しむことができるよう、多様な学習活動を行う機会を提供・充実する。【9-(4)-5】  以上の方針から明らかなように、多様な生涯学習とは、学校卒業後の各ライフステージにとどまらず、幼児期、学齢期を含めた学校外の地域活動、スポーツ、文化・ 芸術活動の領域にもわたる様々な学びや余暇活動から成ることは自明である。有識者会議のテーマは、現在のところ学校卒業後の各ライフステージとなっていることなど、生涯学習支援の全領域にわたる施策の検討は今後の課題である。有識者会議に併行して、会議資料として必要な調査研究が進められ、また必要な生涯学習支援に関する実践研究への助成と助成団体からのヒヤリングが実施されている。有識者会議の委員の拡充、さらには次年度への会議の継続が望まれる。 4.障害者の生涯学習支援の実践研究を通して (1)筆者の生涯学習への関心の源泉  筆者は1990年代から東京学芸大学を拠点にして、児童生徒の主体性を尊重した進路指導の在り方、すなわち児童生徒の進路学習と社会参加への希望を活かした個別の移行支援計画の作成と進路支援、学校卒業後の生涯学習支援の実践研究に着手した。この集大成が研究仲間と編んだ「主体性を支える個別の移行支援 学校から社会へ」と「大学で学ぶ知的障害者 〜大学公開講座の試み〜」(共に松矢勝宏監修 養護学校進路指導研究会編、大揚社2004年)である。養護学校進路指導研究会(以下、進路研)の発足は1993年であるが、卒業生と父母を中心に支援者や学生オーケストラからなる東京学芸大学附属養護学校同窓会活動の一環としての全員参加型の生涯学習である若竹ミュージカルの立ち上げにも参加した。学齢期からの社会参加(学校外地域活動)を進めるためのボランティア養成講座と学校5日制の取り組み(「広がれ地域活動 学齢期からの社会参加」全国知的障害養護学校校長会編、ジアース新社、2003年)も進路研の仲間たちとの活動であった(注2)。  筆者の生涯学習への関心は、ライフワークとなった教育・福祉・労働等の連携による知的障害者の主体的な社会参加のテーマに基づくもので、国際障害者年の活動に参加することから始まる。当時の知的障害者の親の会の全国組織(現在は全国手をつなぐ育成会連合会)の推薦があり、福祉連盟(現在の日本発達障害連盟)の長期行動計画の作成委員委嘱(雇用・就労等の社会参加担当)、また国際障害者年日本推進協議会に1983年に設置された政策委員委嘱、当時の障害者雇用促進協会(現在の独立行政法人 高齢・障害・求職者支援機構)の広報誌「働く広場」の編集委員委嘱等を受けたことが契機となっている。企業における障害者支援担当者との交流もこの経験から始まる。  進路研発足の年は、国際障害者の10年が終わり、アジア太平洋障害者の10年(第1次)がスタートした時期である。障害者の完全参加と平等に加え本人参加と自己決定が広く提唱され、障害者支援の実際レベルに浸透しつつあった。ピアカウンセリングの手法が知的障害者の仲間づくりや支援に活用され当事者団体が親の会の支援によって生まれた。東京都手をつなぐ育成会の支援を受けているが当事者団体ゆうあい会が発足し、全国的な流れをつくった。アメリカからピープルファーストの考え方の影響も日本の当事者団体の組織化に影響を与えた。  生涯学習へのこの時代の反映を考えてみたい。筆者の当初の関心は離・転職なしで安定的に企業就労を実現している知的障害者は障害の重さに関係なく、余暇活用の力がある卒業生であるという、特別支援学校(当時は養護学校)の長年の進路指導教諭の経験的な知見であった。こうした視点による青年学級あるいは成年教室等の拡充を意図した調査研究を試みた時期が最初にあった(注3)。しかし進路研の活動、とりわけ1995年に開始した大学公開講座「自分を知り、社会を学ぶ」の実践を契機に児童生徒、また卒業生の本人の自己決定と本人参加をテーマにした実証的な研究へと脱皮することになったのである。進路研の発足時には多摩地域の養護学校と特殊学級の教員の研究会(多摩障害児教育研究会)のメンバーが多く、多摩地域の生涯学習の動向にも敏感な実践者が多かったともいえる(注4)。 (2)生涯学習の公的保障の必要性と視点  筆者は、東京学芸大学や目白大学における大学公開開講座(オープンカレッジ)の実践で、以下のような観点を実証してきた。(目白大学ではグリーンワークカレッジという。) @ 満18歳で学びの課程が終わるはずはなく、主体的で意欲的な学習のプロセスは、社会人になってますます確立する。 A社会人としての生活、給料や工賃、あるいは満20歳からの年金を加えた所得でくらす生活は、学校教育の継続では得られないかけがいのない経験であり、ライフキャリアを積むことを意味する。職場の上司や先輩との人間関係や対応に必要なソーシャルスキル、金銭管理や余暇の活用、男女交際と結婚、加齢化に伴う栄養や健康管理、自然保護や環境問題等の社会人として必要な教養、より難しいけれどやり甲斐のある職業的な課題(ワークキャリア、キャリアアップ)への挑戦、等々の課題である。こうした一つひとつの課題が学習の必須なテーマであり、高等部教育の単なる時間的な延長(継続教育としての専攻科の設置等)では開発不可能な独自なカリキュラムと教材が必要になる実際的なテーマである。 Bそして、そのような課題を共通にもつ人たちが出会うことで、新しい仲間づくりと学びのダイナミックスが生まれる。 C高等部卒業生の学びの教育課程は、このように大人になる、そして大人としての生活経験に裏づけられた、またそこから必然的に生まれる学びの要求に基づいて創られる。これらの根拠から普通の市民として社会に完全参加するために学びの支援を受けることが必要であるという根拠と、生涯学習を必要な社会システムとして公的に保障し整備するための視点とが得られる。 Dその他の特徴点・・・ イ.受講者は企業や作業所で働く人たちが多く、支援には教員や学生ボランティアから作業所や企業関係者、そして保護者までの広がりがあり、共に学ぶ講座である。学生や若い男女のボラティアの参加は聴講生の歓迎するところである。 ロ.開講が毎年度進行し、連続受講者が増加する。定員に余裕をつくるためと講座活動の経験を活かすために、受講料免除の「シニア」制度を設け、講座の先輩として受講者の支援に当たってもらう工夫が効果的であった。この試みは受講生の主体性を育む大きな契機になり、講座発展の新しい要素にもなった。 ハ.受講生のナイーブな好奇心や敏感な観察力は、時には鋭い質問となって発せられ、講師を感銘させ、あるいはたじろがせることがある。彼らこそフィロソフィー(哲学)の語義である「知を愛する」人たちである。このような受講者に関する評価が、私たちが実践から得た貴重な学びの成果の一つである。 (大学生は授業中によく居眠りをするが、受講料を払う障害のある聴講生には全く見かけないのである!) 5.生涯学習の成立基盤と展開過程  筆者はこれまでの障害者の生涯学習支援の実践研究から生涯学習が成立する基盤や条件を考えてきた。また最近では文部科学省の文部科学大臣表彰にも関係を持つようになり、全国レベルでの生涯学習活動や支援の実態を学んでいる(注4)。 このような経験から、障害者の生涯学習はどのような条件や基盤があれば成立するのか、それは障害者のどのようなニーズを受けて展開するのか、最近では3層からなる3角形のモデルで説明している。ここでは児童期の学校外地域活動の位置づけについては保留し、主として学校卒業後の生涯学習の成り立ち、発展の基盤等について考えてみる。  第1層は三角形の底辺に当たる生涯学習の基礎をなす活動である。仲間をつくり、学びや活動を楽しむ。誰でもが参加できる、開かれた学びと活動の場である。活動にはスポーツや文化・芸術活動が含まれる。青年学級・成年教室、特別支援学校の同窓会、福祉施設のクラブ活動や同好会、自由に参加できる喫茶コーナーなどがまずあげられる。市民や教員、福祉施設の支援員など講師(ボランティアでもよい)が大勢いて、誰でも自由に選択できるように、たくさんの楽しい学びや活動の場があるほど、理想的である。実態としては講師や支援者(ボランティアを含む)の不足に悩んでいるところが多いが、長い歴史を持ち一昨年から始まる大臣表彰を受けた活動も多い。2018年度表彰では障害の重い人も楽しむことができるボッチャを取り入れた活動が表彰された。  第2層には大学公開講座(オープンカレッジ)、東京では予算化されている特別支援学校卒業生向けの講座などがここに位置する。精選され、体系化された講座内容を受講者が選択し参加するので、受講者の範囲は限られてくるかもしれない。生涯学習として用意されているスポーツや文化・芸術領域の活動で受講者が一定の技能を磨く学びの場(教室やグラブ)の活動はここに位置づく。重度障害者の訪問カレッジや教室など支援者の専門性が必要となる活動もここに入る。   第3層は二つの要因で参加者が限られる活動である。一つは移動教室やお出かけプランの実施である。障害者の希望は多いが、安全に配慮が必要であり、支援者やボランティアの確保が難しかったり、参加者の経済的負担が大きいことから頻回に催すことができない活動である。もう一つは学びや技能習得の達成レベルが高度になり、文化芸術では実演や公演活動、スポーツでは競技大会(パラリンピック含む)で学びの達成を披露する場と活動である。2018年の大臣表彰では車いすダンス教室(第2層)から育ったリーダーが国内、国際競技会で活躍している団体である大阪市のジェネシスオブエンターテイメント、福祉施設のクラブ活動(第2層)であるが、一定のメンバーが国内外の石見神楽の公演活動で活躍している社会福祉法人いわみ福祉会の芸能クラブなどが相当する。  国や地方公共団体ではまず第1層の障害学習支援があまねく普及するように、また高等教育進学率が高くない知的障害者や支援が行き届かない重度な障害者が市民としての社会参加できるように第2層の障害学習支援を計画的に推進することが必要であろう。 注1. 私の生涯学習論は、佐藤一子著「生涯学習と社会参加 おとなが学ぶこと  の意義」東京大学出版会を参考にしている。 注2.ここで触れている個別の移行支援計画は、後に個別の教育支援計画の策定と実施として国の施策として実現した。 注3. 精神薄弱者就労問題研究会「一次調査から見た精神薄弱者の社会教育の実 態」、精神薄弱教育研究会研究誌「精薄教育」381~383、1990年。全国の青年学級等の社会教育の児たち調査。トヨタ財団の助成研究(代表者 松矢勝宏) 注4. 私たちが生涯学習の視点を学ぶにあたって、明治大学教授(現在)の小林茂氏と共同研究者と交流をもつことができたことは幸いであった。青年学級・成年教室、喫茶コーナー、学校週5日制と地域活動など必要な視点を小林 繁 氏と共同研究者(「君と同じ街に生きて、障害を持つ市民の生涯学習 ボランティア 学校週5日制」1995年、「学びのオルタナティヴ 障害をもつ市民の学習権保障の課題と展望」1996年、共に れんが書房新社)参考になった。 注5. 平成30年度「障害者の生涯学習支援活動」に係る文部科学大臣表彰 事例集、平成30年度文部科学省 総合教育政策局 男女共同参画共生社会学習・安全課 障害者学習支援推進室